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不思議な舟

不思議な舟の存在を前から知っていました。
知ってはいたんだけど
行く先がわからないとか
飛び乗ってみてはすぐ怖くなってしまったり、
そんなことを繰り返しているんだと思います。
不思議な舟は夢見る力と、強引に置き換えてもいいのかもしれません。
夢見る魔術的な力を前から知っていました。
でも、夢がなかった。
そんなことのような気もするし。
舟は、またちょっと違うような気もするし。
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寝逃げしちゃいなよ!

誰が考えたんですかね?
寝逃げ
という言葉があるそうです。
ゴロがいいですね。
面白い。
もとはまぁ寝ることによって現実逃避してしまう
ということらしいですが
つらいことがあったり困ったり、くたびれてしまったら、
とにかく寝てしまえというのはニーチェも言ってますよね(本当か!
寝るが一等、長者が二等ということわざも誰かにきいたことがあります。。。
体力も気分ももどるかもしれないし
場合によっては問題解決のアイディアが目覚めた時にがみつかるかも、、、
まぁここまでいくと寝逃げっていうか寝攻めですかね。。。
今アル症のことも勉強中なんですが
やけ酒でもして寝ちまいなよ!
っていうより
寝逃げしちゃいなよ!
っていう方が可愛いですね。
今気がつきましたがふとんをかぶって・・・にも
通じるとこもありますね?(。。。

カウンセリグマインド2

ふぅーやっとついた。。。
もし興味のある方がいたら前回のコメントよりお読みください。

もちろんカウンセラーでもない、知恵もやさしさも足りない

そんな人がそんな立場にならざるを得ない状況で

そんなこころもちを保てるよう努力するには
なにか大義がいるかなぁと思うんです。
待てよ、大義って何?
ちょっと違う?
何のために。何を持って?
愛のために。愛を持って?
他に言葉が出てこない?
でもいろいろですよね。
博愛ということはどうでしょう?
傲慢で不遜だとだと思われるかもしれませんが
これなら手が届きそうです。
置きます。
じゃあ母性的だったり、父性的だったり、
恋愛だったりしたら、、、
難しい気がしますね。。。
つまり
肝心なときに、
自分の身近な存在に向かいあうときに
救う手段のひとつの選択技として
とても難しい気がします
技術だとすると。
それができるには知恵や博愛とはまた違う
冷静さがいるのでは。
それは持ち得ると思いますが
その冷静さが伝わったとき、
信頼に
損傷が生まれるのではないかという恐れがあります。
それは恐れというより
その冷静さに対する嫌悪かもしれません
そして
ぼくも若いときにカウンセリングを何度か受けたことがあって、
1部にはその経験にも由来するのかもしれません。

私にとってはとても深刻なはなしですが
いずれにしろ
少しレベルの低いはなしなのかなとは思ってはいるのです。

カウンセリングマインド

和製英語らしいですがカウンセリングマインドという
言葉があるそうです。気になったのでさくっと調べたのですが、
まぁ内容は、そういったことなんですが
その中で、自分の感情をコントロールできること
という一文があり、今の自分にとても必要なことだと思うのですが
とてつもなく大変なことにも思えます。

いままでのまとめ

まわりに流されず、まわりと比較せず
自己の本質を知ることが(これは結局「本質」とか真理とか置き換えてられて結局宇宙そのものですよね)
大切だと仏教も池田さんも言ってますよね。
ていうかそれがすべてだと。
特に池田さんなんかはまずそっからじゃないと何も始められないと
そして提示している方法が
池田さんは考えること。
仏教は考えないこと(瞑想)
ぼくもいままでなんとか生きてきて、
そして人と比べなければ、そもそも生きてこれたことが
まんざらじゃない。
でも、はっきりと論理的に考えること(特にこっちはできません。
つながることだと思うんだけど、片づけができないんですよね。
それは発想の段階から。
でもそのことが豊かなものづくり、に発展させられる可能性はあると思うけど
と、考えないこと。(瞑想の方法で)
どっちも超足りてないです。
ていうかただ
ぼーっと、(特に思春期からは、その嵐に流されるままに
ただ茫然と生きてきました。
山仕事がある時期仲間に恵まれて心地よかったのは
その、原始的な共産性にはありましたね。
そこに自分を沈めてしまいたった
なにか矛盾を感じてもいたけれど
自分の可能性のようなものをかき消してしまいたかった。
ただ、細かいことは言わず、助け合って、生きて行ける場所に
自我?資質?なんでしょう、とにかく沈められていきてゆければ
よかったんです。
そこで死ぬまで生きてもよかった。
でもそうはならなかった。
その後も必死で山の仲間探しを続けたけど
まるでみすかされたように
もう、山での仲間にはたどりつけなかった。
仲間ではなくって、仲間たちですかね。
いい人はいたから。
そのうち怪我をして。
でもどうやって、
考えたらいいんだろう。
考えない方法はいいやりかたばたくさんあるということは察しがつくし、
そっちは練習次第で自分には向いていると思うんだけど。
考えることか。
考えれば、ほとんどの悩みは意味のないことだと
悟れるといいます。
悪い意味で、考えないことと
比較してしまうこと、
池田さんのいうサルや、仏教の畜生が
しみついていますね。
でも、考えられない私がすこしでも考えられた。
そう、認めてあげるとして
ということは本を読むことは、少しは効果がありそうなので、
あきらめないで続けてみましょう。
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